◎夏越の祓をしなかった話
夏越の祓を、俺は毎年行わない......。
個人的にはやっておきたい。けれど、できない。
なんでかというと、親指様がダメというからです......。
なんでやってなるじゃん?
俺もなんでやって思っている。下半期に向けての大事な行事だと思うのですけれど......。
どこの神社の夏越の祓でもダメなんだって。なので僕は一度も茅の輪くぐりをしたことがない......。
なんで? 祓えたまい清めたまえで良いことじゃん?
ということを思いながら毎年毎年見送っています......夏越の祓ぇ......。
え、そんなにダメなの、夏越の祓って。実は呪術系のヤバい行事だったりするの......?
昔は無かったものね、これ。ここ数年で突然現れてどの神社でもやるようになった。(※まあ、参拝方法についても昔はみんなテキトーだったのが正しい作法が突然出てきたわけで......昔は神も仏も同じ拝み方だったよね......?)
夏越の祓ってヤバいのかな......?
あれ俺もやりたいのだけど......。なんなら下半期で良くないことが起きた時に「あの時、夏越の祓をやっておけば......」とか毎年のように思っていたのですけれど......?
よくわかんねぇぇ......。
こういうように、僕個人としては良いことと思うようなものでも、親指様としてNGである場合は行動に移せない......。こういうことがそれなりにある......。
人間関係も「これやったら(やらなかったら)絶対にヒビ入るよね......?」ということでも親指様がOKを出さない限りは......。
親指様はなんのためにこういう指示を僕に出すのだろうか......。僕が幸せになるためなのか、僕に特定の御用をさせたいからなのか、はたまたタダの下級霊のイタズラなのか......。
というわけで、今年も夏越の祓はナシです......。
うーん......。プロの人達からするとどうなんだろうか、夏越の祓って......。気休め程度とか、実際はそんな感じだったらまだ.......。どうだろうか......。(悩)
◎本音
逃げたい。
いまの仕事はもう辞めたい。現職場の人間関係を辞めたい。
ニートになりたい。
無職になって日々ゲーム三昧といきたい。
そうでなくても1ヵ月は休暇が欲しい......。
行きたくない。あの職場にはもう行きたくない。
結局は『人間関係』と『好きなことが少しでも含まれている業務内容なのか』という点に尽きます。
この二点が満たされていなければ給料だけで仕事を選んだとしても長くは続かない......と勝手に思うくらいにもうイヤだ......。
嫌な人間との縁は切りたい。
毎日朝9:00くらいまで惰眠を貪っていたい。
買ったはいいものの未だプレイできていないユミアのアトリエをゆったりとプレイしたい......!! あと溜まっている戦闘機プラモ&ガンプラも......ゆったり製作していたい......!!!!
もっとゆっくりとした時間の流れるようなスローライフを満喫したい......。
神様仏様の御膝元に住まわせて頂きたい......。(←神仏と一緒に生きていきたいと思っている人間)
俺にだって好きな神様はいるんだよ。その神社の神様は別に御利益とかないし、もとい恐らくは小さい神社だからこそ助けを与えられるほどの力を持たないのだと思うのだけど......!!!! でも普通に好きだし、好きな気持ちでいっぱいになって参拝する神様なんだよ......!!!!(※しかし、なんでか親指様が行くなと言っている......もしかして魅入られている......?)
俺にだって慕っている神様はいるんだよ。その神社の神様はお父さんみたいなんだよ......!! 実在の父親じゃなくて、『お父さん』なんだよ......!! 父性的な厳しさの中に優しさのある神様なんだよ......!! おみくじを通して得られる厳しいお言葉の中にどれほどの「辛いだろうが、わかっている。見守っている」という優しさを感じたことか......!!!! おかげで乗り越えさせてもらった過去があるよ......!!!!
仏様だって有難さにジンと重くかつ静寂に頭の下がる存在なんだよ......!!!! 観音様、弁天様、お不動様......!!!! どれだけ助けて頂いたことか......!!!! 今でも助けてもらっている......!!!! 俺もうお不動様の御用として使われるのなら全然良いなって思っているくらいだよ......!!!! いっそお不動様の業物になることを目指そうかと思うほどだよ......!!!!
なんだろう。
神様は『慕い』で、仏様は『恩義』なんだよね。慕っているから神様のところに行きたいし、恩義を感じるからこそ仏様に使われるのなら構わないと思える。
ぶっちゃけ神様の前では赤子になりたいし、仏様の前では業物になりたい。神様と一緒に生きていきたくて、仏様の役に立ちたい。そんな感情を持っている......。
日月神示には神の道か仏の道か、両方は選べないって書いてある......。困る......。めっちゃ困る......。慕う存在と恩義を感じる存在のどちらかを選べと......?
俺はどうしたい? 本当はどうしたい? 俺の本音(まこと)はどこにある......!?
人生とは何か、自分とは何か。そのことを考えることを怠っていた......。
そこを考えていかないと自分の人生なんて送れるはずはないのに......。労働力として消費されるだけの一生で終わりかねないのに......。人間になるのか家畜になるのかの線引きはそこにあるだろうに......。
本当は毎朝9:00頃に起床してもいい生活を送りたい。
本当は趣味のゲームやプラモデルや料理を満足にやれる生活を送りたい。
やりたくもない仕事をするのは嫌だ。
縁を切りたい連中とずっと同じ職場で付き合っていくのもすごくすごく嫌だ。
だからいまの仕事を退職したい。それでもっと良い会社に入りたい......。
その上で神様や仏様のいる生活を送れれば......。嬉しい......。
◎ロボアニメで個人的に好きな武装についての話
対戦車ダガーという武器がある。
フルメタルパニックというアニメに登場する。
アームスレイブという陸戦用人型機動兵器の武装のひとつだ。
敵機に突き刺して爆発させる。ナイフの形をした爆弾だ。投げナイフのようにも使える。
地味な武器かもしれないけれど、必殺武器なのです。ボスキャラはこいつで倒すくらいの必殺武器。僕は大好き。
アーバレストの口に加えさせているスタイルが大好きです。対戦車ダガーを口に加えさせてこそアーバレストのデザインは完成すると言ってもいいほどに。
HGのアーバレスト......発売当初に買っておけば良かったなぁ......。以上です......。
◎おまけ話~なんか唐突に思ったこと~
そもそも僕達って自然という他力に生かされているよね。
その自然を採集&増産しているからこそ自力で生きていると思っているわけだけど。
自然が存在していなかったら、我々滅んでいるんだよね。
他力(自然)あっての自力なんだよね。他力がなければ自力のありようがない。
百歩譲っても完全自力で生きられているわけはない。まず、空気という他力に生かされている。空気がなくなればどれほどの力があろうとも滅ぶ。
自然の中に、我々の存在できる条件が揃っているからこそ我々は存在できている。すなわち我々は自然という他力に生かされている。
我々は無から有を生み出せない。自然という他力という条件があって私は存続できる。
自力なんて、他力を借りているのに過ぎない。
他力を借りて行使させてもらうことを自力と呼んでいるだけだ。肉体の維持だって自然の恵みによってもたらされている。水、空気、etc...。ひとつでも条件がなくなれば我々は滅ぶだけ。
強いて言うなら我々は神に生かされていると思ってもいい。自分の生殺与奪が自然環境に握られているなんて思ったら気の狂う人もいるかもしれない。
そんなことを思い始める。神の意思によって生かされていると思わなければ神に生存を祈ることによる精神安定も見込めないのだから。
僕の存在は、あらゆる条件が揃ってはじめて成り立っている。自分の力で生きているのではなくて、本当は環境に生かされている。
本当は生かされている。社会環境、国の仕組み、流通などの各々の労働にも生かされている。
治安は人々の良心によって生かされている。外に停めた車が無事なのは、法律が機能していることも含めて人々の良心の賜物である。そうでなければ一晩経った後にその車は酷い有り様になっているだろう。
天国の土地は人々の良心である。地獄の土地は人々の悪心である。愛だけではダメだ。己を律する良心も必要だ。
それと、まことであること。それは本心と言葉と行動に矛盾のないこと。本音で生きられているということ。自分に嘘をついて我慢して周囲の期待する言動を続けていても天国は作れない。心に邪気が発生するし、気が枯れる。自分を犠牲にすることは悪である。
自分に正直であること、自分を律すること、自分を愛すること。基本的にはこの三本の軸で生きていきたいのかもしれません。(※つまり......誰かのために生きるのはもう沢山だということです......)